3/14(月)晴れ (後日記)

朝、水道が通った!
地震以来の出勤日。
週末お世話になったし
…会社へ行った。
棚を直し、デスク周りをきれいにし
解散、帰宅。

いとこたちが来て
手洗いで洗濯をしていた。
同じ宮城県内でも
同じ仙台でも泉区内でも
ライフラインの復旧具合が全く違う。
我が家は早い方のよう。

海の方に住む彼女らは、
まさに津波の被害にあった。
ヒザまできた海水の中
学校へ子供を迎えにいき
泉区の実家に逃げてきた。
家は腰くらいまでドロドロだろうとのこと。
子供は他の子の名前の入ったジャージを着ていた。
SIMONより少し大きいので
お姉ちゃんサイズの服はなかったが
妹ちゃんへは、ありったけの服を渡した。
お友達にあげてもいいからね。
お昼前「電気が通った」と
ご近所さんが知らせに来てくれた。
あぁありがたい~!

なにかと忙しくしていたが
ふとSIMONを見ると
顔が赤くつらそう。
39度の熱。
やっていることを願って
SIMONを連れ病院へ。
電話で聞こうにもまだ中々つながらず
しかし貴重な燃料でも使って診て欲しい。

電気が通ってすぐで
小児科も真っ暗だった。

ドアには「お休みします」の張り紙もあったが
中に人がいたのが見えたので、入って聞いた。

熱があることを伝えると
「あげられる薬が限られてる」ことを
伝えられたが受け入れてくれた。

いつもの診察室ではなく、
窓からの太陽光が入る場所に
臨時診察席を作っていた。

喉も真赤とのことで風邪の薬一式を
もらうことができた。
もしこれ以上酷くなったら違う病院へ…
とのことだった。
まだバタバタしていて
精算はあとでいいとのこと。
現金も今は大事。感謝!

この行き来の間
先生達と何度かすれ違った(らしい)

午後、担任の先生が来た。
生徒の家一軒ずつまわってるって。
先生方も大変でしょうに。

全て教室におきざりとなった
教科書やランドセルの中から

筆箱と、国語と算数の教科書と
「これは高長さんから…」と
ノートを持ってきてくれた。

18日までお休みなので、
その間 そのノートに
作文やら国語算数の復習を
してきましょう とのこと。

SIMONはお薬を飲んで昼寝中だった。

夕食後、親戚からTEL。
3人がわが家に泊まることになった。
内1人は障害を持つ女性。
内1人はとあるボランティアの大学生のお兄さん。
出先の七つ森から帰れなくなり
わが家に来た。
SIMONは熱をだして寝込んだので
私は挨拶しただけで
SIMONとベッドに行ったが
大変さを語る話し声は少し聞こえていた。
スポンサーサイト

COMMENT 0